You are my sunshine...

You are my sunshine,only you!

月命日

もー五ヶ月経ったんだ。。

まだ目を瞑ると闘病中のゆうの苦しい姿が鮮明に浮かびます。
大きくなった腫瘍のせいで左前足も動かせなくなったゆうの最期。


どうしてゆうがあんなに苦しまなきゃいけなかったの?

辛かったね。
苦しかったね。

今だそんなことばかり思ってしまいます。

私の中では、まだ、ゆうは苦しんでる。

いなくなってしまったことより、ゆうが苦しんでることが辛い。




どうか今はもう痛くありませんように。


大好きだよ。ゆう。
いま どこで どうしてる?



追伸。。。
毎日のようにゆうに拍手くださってる方、ありがとうございます。

ゆうのことおもってくださる気持ちがゆうに届いていますように(*^^*)

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49日



早いもので今日で49日となりました。
まだ部屋もケージもそのままにしています。
49日が来たらきっと片付けようって、思ってました。
なかなか片付けられない自分がいました。
まだケージの奥に供えている牧草がゆうに見え、ハッとするときがあります^^;
まだ、ほんとうにいないのだということが頭ではわかっていても心では受け入れていないのかも知れません。

朝、ろうそくを焚くとき、まだゆうの辛かった闘病中の姿が浮かんでは涙が落ちてしまいます。

考えても仕方のない事とわかっていながら・・・
なぜゆうはあんなに苦しまなきゃいけなかったの?
もしも手術をする選択をしていたらもっと楽だった?

そんなことが頭をよぎるのです。
馬鹿ですね。。


虹の橋と共に雨降り地区のお話もみなさんよくご存知かと思います。
いつかきっと私もゆうの元気な頃の姿を思い出せるようになるでしょう。
ゆうと過ごした6年半はかけがえのない宝物なのですから。

You are my sunshine only you!
こんな私を最期まで愛してくれた私の大切なYou
ほんとうに無邪気で陽気でおっとりしてていとおしい私の太陽だった
私の光となり道標になってくれてありがとう

生きるということの尊さを教えてくれてありがとう

大好きだよ

叶うことならもう一度この手で抱きしめたい

ゆう2


たくさんの拍手ありがとうございました。
ゆうのことを考えてくれる時間を共有してくださる皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。





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二七日

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ゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃん・・・!

時々そばに気配を感じる^^
そんな時、目を閉じればゆうの駆け寄る姿が見える
そばにきたらエアーなでなでしてる

もうずっと一緒にいれるね。
だいすき。











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初七日

あれから長い長い時間が過ぎたように思えます。
まだ7日なんですね。
酸素ハウスを返却したり心が許すことから少しずつ整理しています。
まだ涙は枯れませんが、淡々と日々をこなしています。
悲しい。というより寂しい。。
でも・・・寂しいのは私の勝手であって、何より有羽がもう痛くないし苦しくないんだという気持ちの方が大きいです。

闘病中のほうがずっと苦しくて苦しくて悲しくて悲しくて、泣いた。
とっくに涙は枯れたと思ってた。
10月 有羽が悪性肉腫で、切除してもしなくても寿命は一緒といわれたときの方が絶望だった。これからどうなってしまうのか。なんども先生に聞いて恐怖におびえた日々。
11月 嫌がるカラーをつけなければいけなかったこと。そしてそれは最期のときまではずしてあげられないことが絶望だった。
12月 何件も何件もまわり、有羽の痛みを和らげてあげられる方法を探して回った。どこに言ってもなすすべがないと言われた時のほうが苦しかった。
1月 痛みにのたうちまわる有羽をさすって一緒に泣くことしかできなかった。

有羽は痛みにさえも動くことができなくなった。
顔より大きくなった腫瘍を引きずって歩いて。。。最期は顔をあげることが出来なくなったね。
有羽が早く楽になれればいいと思っていた。
そのくせ、一日でも長く一緒にいたいなんて残酷なことを最後まで願っていた自分勝手な私。




有羽ちゃんへ

今はもう、痛くないよね?苦しくないよね?
本当によくがんばったね。
愛してる。
なんにも変わらないよ。
ずっと好きだしずっと一緒だよ。

第一婦人のぶーさんと私の髪を一緒にいれたからそばにおいてね。

なんにもしてあげられなくてごめんね。
私は後悔でいっぱいです。
もっともっと一緒にいてあげればよかった。
さみしかったね。ごめんね。ごめんね。

1歳からず~っと2~3週間に一度の歯切り、大変だったね。
逃げ回る有羽を連れて行くとき、何度泣いたかわからないよ。何回通ったかな?
歯切りから帰ってから毎回、毎回、お決まりで
「今日おりこうさんだったの誰~?」っていうと私を見上げて目を細めたね。
「有羽ちゃんか~」ってたくさん撫で撫でしたよね。
本当にがんばりやさんだったね。

有羽は定期的にお腹がイタイイタイになったね。
そういうときは一晩中、「痛いの痛いのとんでけ~」ってマッサージしたね。
私がなでながらうとうとしちゃってるうちに、痛いの治ったよ!ってつんつんして起こされたこと
何回も何回もあったね^^

最期の最期まで
「痛いの痛いのとんでけ~」って有羽ちゃんをいい子いい子したね。
そんなことしかできなかった私を許してくれますか?

大好きだよ有羽。
もう二度と離れることはないね。

部屋は有羽ちゃんが元気なとき仕様にしたよ。
まだ壁や絨毯は、血とおしっこだらけのままだけど明日から少しずつ整理するね。
すぐに綺麗にするのが寂しかったんだよ。

私の願いをふたつとも叶えてくれたやさしいやさしい有羽。
有羽のやさしさが二つ分の悲しみを減らしてくれました。

ひとつは
有羽が許してくれるならば最期を看取りたいということ。

もうひとつは
有羽の最期が苦しいものじゃありませんようにという願い。


やさしいやさしい有羽。
大好きだよ。
大好き。













火葬する前、どうしてもお尻まわりを綺麗にしてあげたくて先生のところへ連れて行きました。
綺麗にしてくださった後、これはちゃんと取ってあげないと。といって、最後の柔らかうんちをふいてくださいました。
これは有羽ちゃんが最後までがんばって食べた証ですよ。と言われまた涙がでました。

先生は御花を用意してくださっていて、みんなで一緒に入れましょうといって一緒に入れてくださいました。

先生に有羽は苦しかったですか?痛かったですか?と聞きました。
先生は、いいえ。最後まで痛くなかったはずですよ。おじょうちゃん(私のこと)は決して有羽ちゃんの負担になることはされませんでしたから。
と、きっぱりといってくださいました。
本当のことはわかりませんが少し救われました。


少し落ち着き、自分のブログを見ることができ、短い間にたくさんの拍手をいただいていましたことに感激いたしました。
有羽とわたし、ふたりぼっちじゃなくてほんとうにたくさんの応援をいただいてたんだなあって、有羽もきっと喜んでることと思います。

拍手をいただいた皆さん、いつもみていてくださった皆さん、
そして昨年末頃、絶望の底にいたとき、手をさしのべてくださった皆さん、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
有羽ともどもお礼申し上げます。


また、有羽ちゃんにお手紙を書きたくなったとき、ここへ戻ってきたいと思います。

強がり書きましたが、ほんとうは今すぐ有羽のもとへ行きたいよ。
でも出来ないね。
有羽が一生懸命生きるということの素晴らしさを教えてくれたから。

大好き。ただそれだけです。



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言葉にしないと耐えられない。。

前記事、前々記事にコメントありがとうございます。
落ち着いたらゆっくりお返事したいと思います。すみません。

この日が来ることはわかっていたはずなのに
そのために、私が理解するまで、ゆっくりと少しずつ
悪くなってこんなに長くがんばってくれたのに
ゆうが苦しむくらいなら早く楽になってくれたほうがいいとさえ思っていたのに

こんなに辛いなんて。。。
私の半身をもぎとられたかのように苦しいです。

最期、くぅ くぅと何度も何かを言いたいかのように聞いたことのない可愛い声でなきました。
私は、神様これ以上ゆうを苦しめないでください。と何度も声に出してゆうをさすりながら泣き叫びました。
ゆうは最期まで私の心配ばかりしていたと思います。
最期の日さえ私が口元に持っていったちいさなおやつも食べるふりをしてくれた。
でももぐもぐせず下に落ちてた。

ゆう私のことは心配しないで大丈夫だから!

そう言ったあと、ゆうの呼吸は静かに止まりました。

最期まで呼吸は安定していて酸素ハウスは晩期ほとんど利用していなかったです。

ゆうは私のために生きてくれて私のためにこのタイミングで最期を迎えたのです。

私が人生の岐路にたち
周りの人たちが移り変わっていく中
ゆうだけはずっと側にいてくれた
私の精神的な拠り所でゆうに頼りっきりだった

私が新しい人生を歩き始めるとまるで役目は終わったかのように
このタイミングでいってしまった
この日より前でも後でも私が困るのがわかっていたかのように

発病してからも私がゆうを支えるのではなく
常に私を支えてくれたゆうだった

いとおしい。。
私の半身
誰よりもやさしくて強くてけなげで可愛い子

人が大好きでさみしがりやなのに
いつもいつも留守番ばかりさせて本当にごめんね。
晩期も私の体調不良とちちの法要でお世話だけの日々で
闘病してるゆうをひとりぼっちにさせてしまって本当に本当に後悔ばかりしています。

私はゆうからもらった100分の1でもいい
何かゆうにしてあげられたのだろうか
もらうばかりでなんにもしてあげられなかった
なーんにもしてあげられなかったよ


ゆうがいないのに生きてる意味があるのかな?
でもゆうに大丈夫だなんて約束しちゃったよ
ゆうがいなきゃ全然大丈夫なんかじゃないのに

耳を引きずって3本でよたつくゆうの姿ばかり思い出されて苦しい
どうしてゆうがそんな目にあわなきゃいけなかったの?
苦しい。。。

じっとこらえれば
時が過ぎてこの苦しみは溶けるの?


苦しいです。
ゆうのこと以外はなにもかもがどうでもよくなってる。
これから何を生きがいにすればいいのだろう。

時が解決してくれるのでしょうか。







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